著名判決

〇裁判員制度を合憲とした最高裁判決 20111116

 
事件番号 平成22()1196

事件名 覚せい剤取締法違反,関税法違反被告事件

裁判年月日 平成231116

法廷名 最高裁判所大法廷

裁判種別 判決

結果   棄却

判例集等巻・号・頁

原審裁判所名 東京高等裁判所 原審事件番号 平成22()393

原審裁判年月日 平成220621日 判示事項

裁判要旨

 1 憲法は,刑事裁判における国民の司法参加を許容しており,憲法の定める適正な刑事裁判を実現するための諸原則が確保されている限り,その内容を立法政策に委ねている 

2 裁判員制度は,憲法31条,32条,37条1項,76条1項,80条1項に違反しない 

3 裁判員制度は,憲法76条3項に違反しない 

4 裁判員制度は,憲法76条2項に違反しない 

5 裁判員の職務等は,憲法18条後段が禁ずる「苦役」に当たらない 

 

    

本件上告を棄却する。

当審における未決勾留日数中390日を第1審判決の懲役刑に算入する。

 

    

第1 弁護人小清水義治の上告趣意のうち,裁判員の参加する刑事裁判に関する法律(以下「裁判員法」という。)の憲法違反をいう点について

所論は,多岐にわたり裁判員法が憲法に違反する旨主張するが,その概要は,次のとおりである。①憲法には,裁判官以外の国民が裁判体の構成員となり評決権を持って裁判を行うこと(以下「国民の司法参加」という。)を想定した規定はなく,憲法80条1項は,下級裁判所が裁判官のみによって構成されることを定めているものと解される。したがって,裁判員法に基づき裁判官以外の者が構成員となった裁判体は憲法にいう「裁判所」には当たらないから,これによって裁判が行われる制度(以下「裁判員制度」という。)は,何人に対しても裁判所において裁判を受ける権利を保障した憲法32条,全ての刑事事件において被告人に公平な裁判所による迅速な公開裁判を保障した憲法37条1項に違反する上,その手続は適正な司法手続とはいえないので,全て司法権は裁判所に属すると規定する憲法76条1項,適正手続を保障した憲法31条に違反する。②裁判員制度の下では,裁判官は,裁判員の判断に影響,拘束されることになるから,同制度は,裁判官の職権行使の独立を保障した憲法76条3項に違反する。③裁判員が参加する裁判体は,通常の裁判所の系列外に位置するものであるから,憲法76条2項により設置が禁止されている特別裁判所に該当する。④裁判員制度は,裁判員となる国民に憲- 2 -法上の根拠のない負担を課すものであるから,意に反する苦役に服させることを禁じた憲法18条後段に違反する。

しかしながら,憲法は,国民の司法参加を許容しているものと解され,裁判員法に所論の憲法違反はないというべきである。その理由は,次のとおりである。

  まず,国民の司法参加が一般に憲法上禁じられているか否かについて検討する。

 (1) 憲法に国民の司法参加を認める旨の規定が置かれていないことは,所論が指摘するとおりである。しかしながら,明文の規定が置かれていないことが,直ちに国民の司法参加の禁止を意味するものではない。憲法上,刑事裁判に国民の司法参加が許容されているか否かという刑事司法の基本に関わる問題は,憲法が採用する統治の基本原理や刑事裁判の諸原則,憲法制定当時の歴史的状況を含めた憲法制定の経緯及び憲法の関連規定の文理を総合的に検討して判断されるべき事柄である。

 (2) 裁判は,証拠に基づいて事実を明らかにし,これに法を適用することによって,人の権利義務を最終的に確定する国の作用であり,取り分け,刑事裁判は,人の生命すら奪うことのある強大な国権の行使である。そのため,多くの近代民主主義国家において,それぞれの歴史を通じて,刑事裁判権の行使が適切に行われるよう種々の原則が確立されてきた。基本的人権の保障を重視した憲法では,特に31条から39条において,適正手続の保障,裁判を受ける権利,令状主義,公平な裁判所の迅速な公開裁判を受ける権利,証人審問権及び証人喚問権,弁護人依頼権,自己負罪拒否の特権,強制による自白の排除,刑罰不遡及の原則,一事不再理など,適正な刑事裁判を実現するための諸原則を定めており,そのほとんどは,各- 3 -国の刑事裁判の歴史を通じて確立されてきた普遍的な原理ともいうべきものである。刑事裁判を行うに当たっては,これらの諸原則が厳格に遵守されなければならず,それには高度の法的専門性が要求される。憲法は,これらの諸原則を規定し,かつ,三権分立の原則の下に,「第6章 司法」において,裁判官の職権行使の独立と身分保障について周到な規定を設けている。こうした点を総合考慮すると,憲法は,刑事裁判の基本的な担い手として裁判官を想定していると考えられる。

 (3) 他方,歴史的,国際的な視点から見ると,欧米諸国においては,上記のような手続の保障とともに,18世紀から20世紀前半にかけて,民主主義の発展に伴い,国民が直接司法に参加することにより裁判の国民的基盤を強化し,その正統性を確保しようとする流れが広がり,憲法制定当時の20世紀半ばには,欧米の民主主義国家の多くにおいて陪審制か参審制が採用されていた。我が国でも,大日本帝国憲法(以下「旧憲法」という。)の下,大正12年に陪審法が制定され,昭和3年から480件余りの刑事事件について陪審裁判が実施され,戦時下の昭和18年に停止された状況にあった。

憲法は,その前文において,あらゆる国家の行為は,国民の厳粛な信託によるものであるとする国民主権の原理を宣言した。上記のような時代背景とこの基本原理の下で,司法権の内容を具体的に定めるに当たっては,国民の司法参加が許容されるか否かについても関心が払われていた。すなわち,旧憲法では,24条において「日本臣民ハ法律ニ定メタル裁判官ノ裁判ヲ受クルノ権ヲ奪ハルヽコトナシ」と規定されていたが,憲法では,32条において「何人も,裁判所において裁判を受ける権利を奪はれない。」と規定され,憲法37条1項においては「すべて刑事事件においては,被告人は,公平な裁判所の迅速な公開裁判を受ける権利を有する。」と規定されており,「裁判官による裁判」から「裁判所における裁判」へと表現が改められた。また,憲法は,「第6章 司法」において,最高裁判所と異なり,下級裁判所については,裁判官のみで構成される旨を明示した規定を置いていない。憲法制定過程についての関係資料によれば,憲法のこうした文理面から,憲法制定当時の政府部内では,陪審制や参審制を採用することも可能であると解されていたことが認められる。こうした理解は,枢密院の審査委員会において提示され,さらに,憲法制定議会においても,米国型の陪審制導入について問われた憲法改正担当の国務大臣から,「陪審問題の点については,憲法に特別の規定はないが,民主政治の趣旨に則り,必要な規定は法律で定められ,現在の制度を完備することは憲法の毫も嫌っているところではない。」旨の見解が示され,この点について特に異論が示されることなく,憲法が可決成立するに至っている。憲法と同時に施行された裁判所法が,3条3項において「この法律の規定は,刑事について,別に法律で陪審の制度を設けることを妨げない。」と規定しているのも,こうした経緯に符合するものである。憲法の制定に際しては,我が国において停止中とはいえ現に陪審制が存在していたことや,刑事裁判に関する諸規定が主に米国の刑事司法を念頭において検討されたこと等から,議論が陪審制を中心として行われているが,以上のような憲法制定過程を見ても,ヨーロッパの国々で行われていた参審制を排除する趣旨は認められない。

刑事裁判に国民が参加して民主的基盤の強化を図ることと,憲法の定める人権の保障を全うしつつ,証拠に基づいて事実を明らかにし,個人の権利と社会の秩序を確保するという刑事裁判の使命を果たすこととは,決して相容れないものではなく,このことは,陪審制又は参審制を有する欧米諸国の経験に照らしても,基本的に了解し得るところである。

 (4) そうすると,国民の司法参加と適正な刑事裁判を実現するための諸原則とは,十分調和させることが可能であり,憲法上国民の司法参加がおよそ禁じられていると解すべき理由はなく,国民の司法参加に係る制度の合憲性は,具体的に設けられた制度が,適正な刑事裁判を実現するための諸原則に抵触するか否かによって決せられるべきものである。換言すれば,憲法は,一般的には国民の司法参加を許容しており,これを採用する場合には,上記の諸原則が確保されている限り,陪審制とするか参審制とするかを含め,その内容を立法政策に委ねていると解されるのである。

  そこで,次に,裁判員法による裁判員制度の具体的な内容について,憲法に違反する点があるか否かを検討する。

 (1) 所論①は,憲法31条,32条,37条1項,76条1項,80条1項違反をいうものである。

しかし,憲法80条1項が,裁判所は裁判官のみによって構成されることを要求しているか否かは,結局のところ,憲法が国民の司法参加を許容しているか否かに帰着する問題である。既に述べたとおり,憲法は,最高裁判所と異なり,下級裁判所については,国民の司法参加を禁じているとは解されない。したがって,裁判官と国民とで構成する裁判体が,それゆえ直ちに憲法上の「裁判所」に当たらないということはできない。

問題は,裁判員制度の下で裁判官と国民とにより構成される裁判体が,刑事裁判に関する様々な憲法上の要請に適合した「裁判所」といい得るものであるか否かにある。

 裁判員法では,裁判官3名及び裁判員6名(公訴事実に争いがない事件については,場合により裁判官1名及び裁判員4名)によって裁判体を構成するとしている(2条2項,3項)。裁判員の選任については,衆議院議員の選挙権を有する者の中から,くじによって候補者が選定されて裁判所に呼び出され,選任のための手続において,不公平な裁判をするおそれがある者,あるいは検察官及び被告人に一定数まで認められた理由を示さない不選任の請求の対象とされた者などが除かれた上,残った候補者から更にくじその他の作為が加わらない方法に従って選任されるものとしている(13条から37条)。また,解任制度により,判決に至るまで裁判員の適格性が確保されるよう配慮されている(41条,43条)。裁判員は,裁判官と共に合議体を構成し,事実の認定,法令の適用及び刑の量定について合議することとされ,法令の解釈に係る判断及び訴訟手続に関する判断等は裁判官に委ねられている(6条)。裁判員は,法令に従い公平誠実にその職務を行う義務等を負う一方(9条),裁判官,検察官及び弁護人は,裁判員がその職責を十分に果たすことができるよう,審理を迅速で分かりやすいものとすることに努めなければならないものとされている(51条)。裁判官と裁判員の評議は,裁判官と裁判員が対等の権限を有することを前提にその合議によるものとされ(6条1項,66条1項),その際,裁判長は,必要な法令に関する説明を丁寧に行うとともに,評議を裁判員に分かりやすいものとなるように整理し,裁判員が発言する機会を十分に設けるなど,裁判員がその職責を十分に果たすことができるように配慮しなければならないとされている(66条5項)。評決については,裁判官と裁判員の双方の意見を含む合議体の員数の過半数の意見によることとされ,刑の量定についても同様の原則の下に決定するものとされている(67条)。評議における自由な意見表明を保障するために,評議の経過等に関する守秘義務も設け(70条1項),裁判員に対する請託,威迫等は罰則をもって禁止されている(106条,107条)。

以上によれば,裁判員裁判対象事件を取り扱う裁判体は,身分保障の下,独立して職権を行使することが保障された裁判官と,公平性,中立性を確保できるよう配慮された手続の下に選任された裁判員とによって構成されるものとされている。また,裁判員の権限は,裁判官と共に公判廷で審理に臨み,評議において事実認定,法令の適用及び有罪の場合の刑の量定について意見を述べ,評決を行うことにある。これら裁判員の関与する判断は,いずれも司法作用の内容をなすものであるが,必ずしもあらかじめ法律的な知識,経験を有することが不可欠な事項であるとはいえない。さらに,裁判長は,裁判員がその職責を十分に果たすことができるように配慮しなければならないとされていることも考慮すると,上記のような権限を付与された裁判員が,様々な視点や感覚を反映させつつ,裁判官との協議を通じて良識ある結論に達することは,十分期待することができる。他方,憲法が定める刑事裁判の諸原則の保障は,裁判官の判断に委ねられている。

このような裁判員制度の仕組みを考慮すれば,公平な「裁判所」における法と証拠に基づく適正な裁判が行われること(憲法31条,32条,37条1項)は制度的に十分保障されている上,裁判官は刑事裁判の基本的な担い手とされているものと認められ,憲法が定める刑事裁判の諸原則を確保する上での支障はないということができる。

したがって,憲法31条,32条,37条1項,76条1項,80条1項違反をいう所論は理由がない。

 (2) 所論②は,憲法76条3項違反をいうものである。

しかしながら,憲法76条3項によれば,裁判官は憲法及び法律に拘束される。そうすると,既に述べたとおり,憲法が一般的に国民の司法参加を許容しており,裁判員法が憲法に適合するようにこれを法制化したものである以上,裁判員法が規定する評決制度の下で,裁判官が時に自らの意見と異なる結論に従わざるを得ない場合があるとしても,それは憲法に適合する法律に拘束される結果であるから,同項違反との評価を受ける余地はない。元来,憲法76条3項は,裁判官の職権行使の独立性を保障することにより,他からの干渉や圧力を受けることなく,裁判が法に基づき公正中立に行われることを保障しようとするものであるが,裁判員制度の下においても,法令の解釈に係る判断や訴訟手続に関する判断を裁判官の権限にするなど,裁判官を裁判の基本的な担い手として,法に基づく公正中立な裁判の実現が図られており,こうした点からも,裁判員制度は,同項の趣旨に反するものではない。

憲法76条3項違反をいう見解からは,裁判官の2倍の数の国民が加わって裁判体を構成し,多数決で結論を出す制度の下では,裁判が国民の感覚的な判断に支配され,裁判官のみで判断する場合と結論が異なってしまう場合があり,裁判所が果たすべき被告人の人権保障の役割を全うできないことになりかねないから,そのような構成は憲法上許容されないという主張もされている。しかし,そもそも,国民が参加した場合であっても,裁判官の多数意見と同じ結論が常に確保されなければならないということであれば,国民の司法参加を認める意義の重要な部分が没却されることにもなりかねず,憲法が国民の司法参加を許容している以上,裁判体の構成員である裁判官の多数意見が常に裁判の結論でなければならないとは解されない。先に述べたとおり,評決の対象が限定されている上,評議に当たって裁判長が十分な説明を行う旨が定められ,評決については,単なる多数決でなく,多数意見の中に少なくとも1人の裁判官が加わっていることが必要とされていることなどを考えると,被告人の権利保護という観点からの配慮もされているところであり,裁判官のみによる裁判の場合と結論を異にするおそれがあることをもって,憲法上許容されない構成であるとはいえない。

したがって,憲法76条3項違反をいう所論は理由がない。

 (3) 所論③は,憲法76条2項違反をいうものである。

しかし,裁判員制度による裁判体は,地方裁判所に属するものであり,その第1審判決に対しては,高等裁判所への控訴及び最高裁判所への上告が認められており,裁判官と裁判員によって構成された裁判体が特別裁判所に当たらないことは明らかである。

 (4) 所論④は,憲法18条後段違反をいうものである。

裁判員としての職務に従事し,又は裁判員候補者として裁判所に出頭すること(以下,併せて「裁判員の職務等」という。)により,国民に一定の負担が生ずることは否定できない。しかし,裁判員法1条は,制度導入の趣旨について,国民の中から選任された裁判員が裁判官と共に刑事訴訟手続に関与することが司法に対する国民の理解の増進とその信頼の向上に資することを挙げており,これは,この制度が国民主権の理念に沿って司法の国民的基盤の強化を図るものであることを示していると解される。このように,裁判員の職務等は,司法権の行使に対する国民の参加という点で参政権と同様の権限を国民に付与するものであり,これを「苦役」ということは必ずしも適切ではない。また,裁判員法16条は,国民の負担を過重にしないという観点から,裁判員となることを辞退できる者を類型的に規定し,さらに同条8号及び同号に基づく政令においては,個々人の事情を踏まえて,裁判員の職務等を行うことにより自己又は第三者に身体上,精神上又は経済上の重大な不利益が生ずると認めるに足りる相当な理由がある場合には辞退を認めるなど,辞退に関し柔軟な制度を設けている。加えて,出頭した裁判員又は裁判員候補者に対する旅費,日当等の支給により負担を軽減するための経済的措置が講じられている(11条,29条2項)。

これらの事情を考慮すれば,裁判員の職務等は,憲法18条後段が禁ずる「苦役」に当たらないことは明らかであり,また,裁判員又は裁判員候補者のその他の基本的人権を侵害するところも見当たらないというべきである。

  裁判員制度は,裁判員が個別の事件ごとに国民の中から無作為に選任され,裁判官のような身分を有しないという点においては,陪審制に類似するが,他方,裁判官と共に事実認定,法令の適用及び量刑判断を行うという点においては,参審制とも共通するところが少なくなく,我が国独特の国民の司法参加の制度であるということができる。それだけに,この制度が陪審制や参審制の利点を生かし,優れた制度として社会に定着するためには,その運営に関与する全ての者による不断の努力が求められるものといえよう。裁判員制度が導入されるまで,我が国の刑事裁判は,裁判官を始めとする法曹のみによって担われ,詳細な事実認定などを特徴とする高度に専門化した運用が行われてきた。司法の役割を実現するために,法に関する専門性が必須であることは既に述べたとおりであるが,法曹のみによって実現される高度の専門性は,時に国民の理解を困難にし,その感覚から乖離したものにもなりかねない側面を持つ。刑事裁判のように,国民の日常生活と密接に関連し,国民の理解と支持が不可欠とされる領域においては,この点に対する配慮は特に重要である。裁判員制度は,司法の国民的基盤の強化を目的とするものであるが,それは,国民の視点や感覚と法曹の専門性とが常に交流することによって,相互の理解を深め,それぞれの長所が生かされるような刑事裁判の実現を目指すものということができる。その目的を十全に達成するには相当の期間を必要とすることはいうまでもないが,その過程もまた,国民に根ざした司法を実現する上で,大きな意義を有するものと思われる。このような長期的な視点に立った努力の積み重ねによって,我が国の実情に最も適した国民の司法参加の制度を実現していくことができるものと考えられる。

 第2 その余の上告趣意について

弁護人のその余の上告趣意は,単なる法令違反,事実誤認,量刑不当の主張であって,適法な上告理由に当たらない。

よって,刑訴法414条,396条,刑法21条により,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。

 検察官岩橋義明,同上野友慈 公判出席

(裁判長裁判官 竹崎博允 

裁判官 古田佑紀 裁判官 那須弘平 裁判官 田原睦夫 裁判官 宮川光治 裁判官 櫻井龍子 

裁判官 竹内行夫 裁判官 金築誠志 裁判官 須藤正彦 裁判官 千葉勝美 裁判官 横田尤孝 

裁判官 白木 勇 裁判官 岡部喜代子 裁判官 大谷剛彦 裁判官 寺田逸郎 )


〇控訴審 東京高等裁判所判決


東京高等裁判所

平成22年(う)第393号

平成22年06月21日

主文

本件控訴を棄却する。

当審における未決勾留日数中120日を原判決の懲役刑に算入する。

理由 

 本件控訴の趣意は、弁護人小清水義治作成名義の控訴趣意書及び控訴趣意補充書(最終弁論を含む。)に、これに対する答弁は、検察官堀部哲夫作成名義の答弁書に、それぞれ記載されたとおりであるから、これらを引用する。 


第1 判決裁判所の構成の違法に関する主張について 

 1 論旨は、要するに、原審の判決裁判所は、裁判官3名と裁判員6名によって構成されているが、〈1〉裁判官でない裁判員が刑事裁判に関与したという点で、下級裁判所の裁判官の任命方法を定めた憲法80条1項に違反し、〈2〉裁判員の参加する刑事裁判に関する法律(以下「裁判員法」という。)は特定の事件に限って裁判員裁判の対象としており、同法に従って構成された原審の判決裁判所は、特別裁判所の設置を禁じた憲法76条2項にも違反するから、原判決には刑訴法377条1号所定の事由がある、というのである。 

 2(1) まず、〈1〉の点について検討すると、本件記録によれば、本件は、裁判官3名と裁判員6名によって審理、判決がなされたものであるところ、そのうちの裁判員6名が憲法80条1項が規定する方法によって任命された裁判官に当たらないことは所論のいうとおりである。しかし、憲法が裁判官を下級裁判所の基本的な構成員として想定していることは、憲法が司法権に関する第6章の中で裁判官の職権の独立やその身分保障等を定めていることからしても明らかといえるが、憲法80条1項の文言を見ても、下級裁判所の構成員がすべてこのような裁判官で占められなければならないことを規定したものとは考え難く、むしろ、憲法は下級裁判所の設置については「法律の定めるところによる」(憲法76条1項)としていて、その構成等について直接定めておらず、裁判官以外の者が裁判に加わることを禁止した明文の規定も置いていないこと、憲法と同時に制定された裁判所法3条3項が刑事について陪審の制度を設けることを妨げないと規定していることや、旧憲法(大日本帝国憲法)24条が「裁判官の裁判」を受ける権利を保障していたのに対し、現行憲法32条が「裁判所における裁判」を受ける権利を保障することとしており、憲法制定当時の立法者の意図としても、国民の参加する裁判を許容し、あるいは少なくとも排除するものではなかったといえることなどに照らすと、憲法80条1項は、あくまでも下級裁判所の裁判官について、その任命方法を定めたものにすぎないと解されるから、裁判官でない者が刑事裁判に関与したという一事をもって同条項違反の問題が生じるものとは考えられない。 

(2) 次に、〈2〉の点について検討すると、裁判員法は、同法2条1項各号に規定する一定の重罪事件について、地方裁判所は裁判員の参加する合議体で取り扱う旨規定しているが、この合議体は、一般的に司法権を行う通常裁判所の系列に属する下級裁判所として裁判所法により設置された地方裁判所において上記刑事事件を処理するために構成されるものであるから、これが憲法76条2項にいう特別裁判所に当たらないことは明らかである。 

 所論は、裁判員が、最高裁判所の指名した者の名簿(憲法80条1項)とは無関係に、広く国民の中から無作為に選任されるものであることを指摘して、裁判員の参加する合議体は、通常裁判所の系列からは外れている、というのであるが、独自の見解であって、採用できない。

 3 以上によれば、原判決には所論のいうような違法はなく、論旨は理由がない。 


第2 事実誤認の主張について 

 論旨は、要するに、原判決は、被告人が氏名不詳者らと共謀し、営利目的で、覚せい剤を含む違法な薬物を輸入しようと企て、覚せい剤1991.2グラムが隠匿されたスーツケースをマレーシア所在のクアラルンプール国際空港から千葉県成田市所在の成田国際空港まで航空機の機内預託手荷物として運送委託した上、同空港に到着後、同空港関係作業員らをして同スーツケースを機外に搬出させて本邦内に持ち込み、覚せい剤を輸入するとともに(覚せい剤取締法違反)、上記覚せい剤を携帯していることを申告しないまま同空港内の旅具検査場を通過して輸入禁制品である覚せい剤を輸入しようとしたものの、税関職員に発見されたためにその目的を遂げなかった(関税法違反)との事実を認定しているが、被告人には、本件スーツケース内に隠匿された物品が違法薬物であるとの認識はなく、本件各犯行の故意を欠いていて無罪であるから、原判決には、判決に影響を及ぼすことが明らかな事実の誤認がある、というのである。 

 そこで検討すると、被告人が本件スーツケース内に隠匿されたものが違法薬物であると認識していたことは、原審で取り調べた関係証拠によって優に認定できる。所論にかんがみ原審記録を調査し、当審における事実取調べの結果を併せて検討しても、原判決に所論のいうような誤りはない。若干補足する。 

 本件では、〈1〉被告人が原判示のとおりの経路で本邦に本件スーツケースを持ち込んだこと、〈2〉本件スーツケースは、木製の板等で二重底に加工され、その内部に銀色の袋様のものに収納された覚せい剤が隠匿されていたことは、関係証拠から明らかである。 

 ところで、被告人は、原審公判において、「ボブという男性から50万円の報酬を条件に密輸の仕事を依頼され、その後、渡航先のマレーシアのホテル客室内で、マリアという女性が持ってきた本件スーツケースと自己のスーツケースを交換した。本件スーツケースにはマリアの荷物しか入っていなかったので、マリアに密輸する物品がどこに入っているのか確認すると、中に入っているけど、どの辺にあるのかは分からない、と言われたことから、本件スーツケースの中を手で触ってみたが、どこに隠してあるのか見当が付かなかった。本件スーツケースの通常の収納部分に自分の荷物を詰め替えた上、これを本邦に持ち込んだ。」と述べているところ、このような犯行に至る経緯や本件覚せい剤の隠匿状況等に照らせば、被告人自身、密輸しようとする物品が、本件スーツケース内の通常の収納部分以外の箇所に隠匿できる程度の量及び形状のものであり、かつ、被告人の報酬等を支払っても依頼人に相当な利益が残るほどの利益率の高いものであることは当然に理解していたと考えられるところであり、そのようなものとしてまず想定されるのは覚せい剤を含む違法薬物であるといえるから、被告人には、他に特段の事情が認められない限り、違法薬物を密輸するとの認識があったことが推認されるものといえる。そして、被告人の手荷物の検査に当たった税関職員である甲野一郎の原審証言によれば、本件スーツケースの中から本件覚せい剤である白色結晶が発見された際、被告人には驚いたり慌てたりした様子が見られなかったことが認められるのであって、このような被告人の挙動は、隠匿された物品が違法薬物であることを認識していたことを窺わせるものである。 

 一方、被告人は、原審公判において、「ボブやマリアからはダイヤモンドを密輸すると聞かされており、本件スーツケース内にはダイヤモンドが隠匿されているものと信じていたから、違法薬物を密輸するとの認識はなかった。」と弁解する。しかし、被告人には、密輸の中では違法薬物の密輸が最も罪が重いとの認識があったというのに、税関検査の際には上記のような弁解を一切していなかったことが認められるのであって(これに反する被告人の原審公判供述が信用できないことは原判示のとおりである。)、上記被告人の弁解は不自然、不合理というほかなく、たやすく信用できるものではない。 

その他、被告人が、税関職員に対して、ダイヤモンド以外の別の物品と思っていたなどと真剣に訴えた形跡も窺われず、前記推認を覆すだけの特段の事情を見出すことができないことにも照らすと、被告人には、本件スーツケース内に隠匿された物品が違法薬物であるとの認識があったと認められる。 

 論旨は理由がない。


第3 量刑不当の主張について 

 論旨は、要するに、被告人を懲役9年及び罰金400万円に処した原判決の量刑は重過ぎて不当である、というのである。 

 そこで検討すると、本件は、前記のとおりの覚せい剤取締法違反及び関税法違反の事案である。 

 原判決が「量刑の理由」の項で説示するところは正当として支持できる。すなわち、本件は、国際的な薬物密輸組織の関与が窺われる計画的かつ巧妙な犯行であり、密輸に係る覚せい剤の量は約2キログラムと多量である。被告人は、報酬目当てに本件を敢行したものであって、身勝手な動機に酌むべきものはなく、密輸の実行役という犯罪遂行に不可欠な役割を果たしたものである。この種の事案に対しては一般予防の観点を軽視することはできず、また、被告人が不合理な弁解に終始し、真摯な反省の情を見い出すことが困難であることにも照らすと、被告人の刑事責任は重いというほかない。 

 そうすると、被告人が、薬物密売組織の中では従属的で末端の立場といえる運び役を遂行したものであって、隠匿物が覚せい剤であることやその量を明確に認識していたとは認められないこと、税関職員による捜査の結果とはいえ、本件覚せい剤が現実に日本国内に拡散する事態には至らなかったこと、被告人が本件による報酬を得ていないこと、被告人には、本邦における前科がなく、国内外に6人の子どもがいること、心臓肥大の疾患があることなど、被告人のために酌むべき事情を十分考慮し、同種事案における科刑状況を踏まえて検討してみても、被告人を懲役9年及び罰金400万円(1日1万円換算)に処した原判決の量刑は、刑期、罰金額、換刑処分の換算金額のいずれもやむを得ないものであって、重過ぎて不当であるとは考えられない。 

 論旨は理由がない。 


第4 結論 

 よって、刑訴法396条により本件控訴を棄却し、刑法21条を適用して当審における未決勾留日数中主文掲記の日数を原判決の懲役刑に算入し、当審における訴訟費用は刑訴法181条1項ただし書を適用して被告人に負担させないこととして、主文のとおり判決する。

 第11刑事部 (裁判長裁判官 若原正樹 裁判官 菊池則明 裁判官 河畑勇) 


〇第1審 千葉地方裁判所判

平成22年 1月18日/千葉地方裁判所/判決/平成21年(わ)第1442号

 残念ですが、データベースでの情報捕捉ができないので判決本文は掲載しておりません。



Comments