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大隈重信の憲法意見書 現代語訳 私案

【現代語訳 私案】2010年10月17日掲載
大隈重信ノ憲法意見書1881(明治14)年3月 【各節の冒頭に原文を掲げた】

(出典:「大隈重信関係文書第四」日本史籍協會叢書 日本史籍協會 復刻 東京大学出版會 1984年)

八四一 大隈重信の奏議書      明治十四年三月
 
臣謹テ按スルニ根本立テ而テ枝葉榮ヘ大綱ヲ挙テ而テ細目定ル今日
ノ政務ニ於ケル應ニ立ツベキノ根本アリ應ニ挙グベキノ大綱有リ今
ヤ廟議方ニ明治八年ノ聖勅國議院設立ノ事ニ及ブ則チ意見ヲ論述シ
テ以テ進ム垂鑒採納ヲ賜ラバ何ノ幸カ是ニ若カン臣重信誠惶誠恐頓
首謹言

明治十四年三月

参議大隈重信

 
天皇陛下の臣下である私〔大隈重信〕は、慎重に考えた結果次のような結論をもつことになりました。物事は根本が定まっていると枝葉が繁栄するのです。大綱を仕上げることによって細目がはっきりするのです。今日の政治上の事務において、はっきりと定めなければならない根本があります。高く掲げなければならない大綱があります。今や朝廷での議論が明治8年の聖勅で示された国会の設立をテーマとするようになりました。そこで、私の意見を述べて上申することにしました。天皇陛下におかれましては、熟読の上お採り上げいただけますれば、これにまさる幸せはありません。臣下の重信は、真心からおそれかしこみ上申する次第であります。

明治143

       参議 大隈重信

 

【 第一 國議院開立ノ年月ヲ公布セラルベキ事

人心大ニ進テ而テ法制太夕後ルヽトキハ其弊ヤ法制ヲ暴壊ス人心猶ホ後

レテ法制太タ進ムトキハ法制國ヲ益セズ故ニ其進ム者未ダ多カラズ其後

ルヽ者稍々少キノ時ニ當リ法制ヲ改進シテ以テ人心ニ稱フハ則チ治國ノ

良図ナリ

去歳以来國議院ノ設立ヲ請願スル者少ナカラズ其人品素行ニ至テハ種々

ノ品評アリト雖モ要スルニ是等ノ人民ヲシテ斯ノ如キ請願ヲ為スニ至ラ

シムルモノハ則チ是レ人心稍ヤ将ニ進マントスルノ兆候ニシテ自餘一般

ノ人心ヲ察スルニ其後ルヽ者亦タ稀少ナラントス然ラバ則チ法制ヲ改進

シテ以テ國議院ヲ開立セラルヽノ時機稍々方ニ熟スト云フモ可ナリ

又人心稍進ミ法制稍後ルヽトキハ人心ノ注着スル所一ニ法制ノ改進ニ在

ルガ為メニ夫ノ人民ニ緊要ナル外國ニ對峙スルノ思想卜内國ヲ改良スル

ノ思想トハ殆ド其胸裏ヨリ放離シ去リ唯タ制法改革ノ一途ニ熱中セシム

ルニ至ラントス是レ亦國家ノ不利ナリ

故ニ民智ノ度位ヲ察シ國内ノ清平ヲ謀リ制法ヲ改進シテ以テ漸次立憲ノ

政ヲ布カセラルベキ聖勅ヲ決行アラセラレンコト是レ則チ今日應ニ挙グ

ベキノ大綱應ニ立ツベキノ根本ナリ請フ速ニ議院開立ノ年月日ヲ布告セ

ラレ憲法制定ノ委員ヲ定メラレ議事堂ノ創築ニ着手セラレンコトヲ(開立

ノ年月日第五條ニ詳説ス)】
 

第1 国会を開設する年月を公布せられるのが適当であるということ

 

世間の人心が大いに進歩しているのに、法制が人心の進歩に極端に遅れをとるときには、その弊害として法制が暴力的に破壊されることになります。人心が後れて法制が進歩するときには、進歩的な法制が国にとって有益なものとはなりません。ですから、進歩的な者がまだ多数というわけではなく、後れている者もやや少ない時に、まさにその時を選んで、法制を改革して、法制を人心にあまねく告げ知らせることが、国家を統治することにとって良い方法であります。昨年来、国会の設立を請願する国民が少なくはありません。請願者の人品素行についてはさまざまな評価が巷では流れております。しかし、人民が国会設立を請願するようになったのは、人心がまさに進歩しようとするようになったことの兆候であります。その他の一般の人心を観察しますと、後れている者は稀であります。そうであるならば、法制を改革して、国会を設立する時機がようやく熟してきたと云ってもよいと思います。また、人心が進歩して、法制がついていかないときには、人心は法制の改革という一点にだけ集中するようになります。それによって、人民にとって本当に必要な外国と対等にしっかりと向き合ったり、国内を改良するということを、ほとんど人民は考えなくなってしまいます。人民が、法制の改革という一点だけに集中してしまうことは、国家にとって不利益となります。

 ですから、国民の智恵がどれくらい発展しているかをよく理解して、国内の平穏を生み出すように計画して、法制を改革して漸次立憲の政治を行うと述べられた聖勅を断然決行されること。このことこそが、今日のまさに高く掲げなければならない大綱であり、明確に定めなければならない根本であります。速やかに、国会を開設する年月日を公布して、憲法を制定する議員を定められ、国会議事堂の創建に着手されますように、冀(こいねが)うものであります(国会開設の年月日については第5条で詳細を述べます)。
 

【 第二 國人ノ輿望ヲ察シテ政府顕官ヲ任用セラルベキ事

君主ノ人物ヲ任用抜擢セラルヽハ固ヨリ國人ノ輿望ヲ察セラルベキコト

ナレドモ獨裁ノ治體ニ於テハ國人ノ輿望ヲ表示セシムルノ地所ナキガ故

ニ或ハ功績ニ察シ或ハ履行ニ求ノ其最國人ノ為メニ屬望セラルベシト叡

鑒アル人物ヲ延用シテ政務ノ顧問ニ備ヘラルヽモ是レ巳ムヲ得ザルニ出

ル者ナリ若シ政體ニ於テ國人ノ輿望ヲ表示セシムルノ地所アランニハ其

輿望ヲ察シ以テ人物ヲ任用セラルベキハ無論ナリ斯ノ如クセバ則チ撰抜

明ニ其人ヲ得テ皇室益々尊カルベシ

立憲ノ政治ニ於テ輿望ヲ表示スルノ地所ハ何ゾ國議院是也何ヲカ輿望卜

謂フ議員過半數ノ屬望是ナリ何人ヲカ輿望ノ歸スル人卜謂フ過半數ヲ形

ル政黨首領是也抑モ國議員ハ國人ノ推撰スル者ニシテ其ノ思想ヲ表示ス

ル所ナルガ故ニ其推撰ヲ被リタル議員ノ望ハ則チ國民ノ望ナリ國民過半

數ノ保持崇敬スル政黨ニシテ其領袖ト仰慕スルノ人物ハ是豈輿望ノ歸ス

ル所ニアラズヤ然ラバ則チ立憲ノ治體ニ是レ聖主ガ恰當ノ人物ヲ容易ニ

叡鑒アラセ給フベキ好地所ヲ生ズル者ニシテ獨リ鑒識拔撰ノ労ヲ免レ給

フノミナラズ國家ヲシテ常ニ康寧ノ慶福ヲ享有セシムルヲ得ベキナリ何

トナレバ斯クテ撰用セラレタル人物ハ人民参政ノ地所ナル國議院ニ於テ

過半數ヲ占有スルガ故ニ外ニハ則チ立法部ヲ左右スルノ權ヲ握リ又聖主

ノ恩寵ヲ得テ政府ニ立チ自黨ノ人物ヲ顕要ノ地ニ配布スルガ故ニ内ニハ

則チ行政ノ實權ヲ操ルヲ得ベシ是ヲ以テ内外戻ラズ庶政一源ヨリ發シ事

務始テ整頓スベケレバナリ

其政體ハ立憲ニシテ其國康寧ノ慶福ヲ享ケズ或ハ時トシテ紊擾紛亂ノ勢

態ニ至ル列國治亂ノ迹ヲ按スルニ是等ノ不幸ニ陥入スルノ病源ハ常ニ執

政者ガ其地位ヲ眷戀愛惜シテ捨テ難キト當時ノ君主ガ其寵遇ノ顕官ヲ罷

免シ能ハザルトヨリ立法部ニ於テ輿望ノ歸シタル政黨ノ首領卜行政顕官

トノ間ニ軋轢ヲ生ズルニ因ラザル者ナシ夫ノ有名ノ立憲國ナル英國ノ如

キモ千七百八十二年以前ハ則チ是ノ如キ状勢ナリシ也然レドモ積年累歳

ノ経験ヨリ同年以降ハ君主モ輿望ヲ察シテ顕官ヲ撰用シ國議院中多數政

黨ノ首領タル諸人ニ重職ヲ授與スルニ至レリ然リシヨリ以来ハ政府議院

ノ間ニ於テ軋轢ノ迹ヲ見ルコト能ハズ同國政黨ノ爭ハ常ニ議院ニ於テス

ルモ復タ政府ニ於テセザルニ至レリ

立憲政體ノ妙用ハ其實ニ在テ其形ニ存セズ立法行政司法ノ三權分離シ人

民ニ参政ノ權理ヲ附與スルニ是レ其形ナリ議院最盛ノ政黨ノ領袖タル人

物ヲ延用シテ之ヲ顕要ノ地位ニ置キ庶政ヲ一源ニ歸セシムル者ハ是レ其

實ナリ若シ其形ヲ取テ而テ共實ヲ捨テバ立憲ノ治體ハ徒ニ國家紛亂ノ端

緒ヲ啓クニ足ルノミ然ラハ則チ前述セル君主ガ人材登庸ノ責任ヨリ論ズ

ルモ一國康寧ノ政理ヨリ論ズルモ列國治亂ノ實例ニ鑑照スルモ政府ノ顕

官ニハ議院中ナル多教最盛政黨ノ領袖タル人物ヲ任用アラセラレザル可

ラズ然レドモ人智ノ薄弱ナルガ為ニ一回ハ國民ノ輿望ヲ得タル政黨モ其

施政ノ巧拙ニ因テ叉衆望ヲ失ヒ議院中ノ多數勢力却テ他ノ政黨ニ移轉ス

ルコトアルベシ是等ノ場合ニ於テハ聖主亦衆望ヲ察セラレ新勢力ヲ得タ

ル政黨中ノ人物ヨリ更ニ顕官ヲ抜撰セラレザルベカラズ議院政黨ノ盛衰

ヨリ生ズル斯ノ如キ顕官ノ更迭ハ尤モ整然タル秩序アルヲ緊要トス其新

陳交代ノ間ニ存スベキ順序ハ左ノ如クナランコトヲ要ス

内閣ヲ新ニ組織スルニ當テハ聖主ノ御親裁ヲ以テ議院中ニ多數ヲ占メタ

リト鑒識セラルヽ政黨ノ首領ヲ召サセラレ内閣ヲ組立ツペキ旨ヲ御委任

アラセラル可シ然ルトキハ是ノ内勅ヲ得タル首領ハ其政黨中ノ領袖タル

人物ヲ顕要ノ諸官ニ配置スル組立ヲ為シ然ル後公然奉勅シテ内閣ニ入ル

ベシ(内閣ノ組立ヲ委任セラルヽハ通例政黨ノ首領ヲ可トスレドモ時トシ

テ其黨中自餘ノ人ニ命ゼラルヽモ可ナリ但シ斯クノ如キ場合卜雖行政長

ハ猶其首領ナラザルベカラズ英國ニモ時トシテ此例アルヲ見ルナリ斯ク

最盛政黨ノ鑒識セラルヽノ時ニ於テハ政黨ニ関係セザル宮方或ハ三大臣

ニ顧問アラセラレンコソ可ナルベシ

内閣ヲ組立ル所ノ政黨稍議院ニ失勢スルトキハ政府ヨリ下付スル重大ナ

ル議案ハ反対黨ノ為ニ攻撃セラレテ屡バ議院中ニ廢案卜為ルベシ是レ即

チ内閣政黨失勢ノ兆候ナリ斯クノ如キトキハ庶政一源ニ出ルコト能ハザ

ルガ故ニ失勢政黨ハ是時ヲ以テ退職スルヲ常トス

斯ク失勢ノ兆候既ニ現然タル時ニ於テ其政黨勢威ニ眷戀シ猶ホ行政部ヲ

去ラザル時決議ヲ為サン事ヲ動議スベシ是ノ動議ニ従ヒ處決シテ而シテ

失信用ナリト決スル時ハ議院ヨリ聖主ニ對シ内閣既ニ信用ヲ議院ニ失フ

速ニ親裁更撰アルベキ旨ヲ請願スベシ失勢政黨猶ホ退職セザルトキハ聖

主ハ議院ノ求メニ應ゼラレ之ヲ罷免セラルベシ(英國等ノ例ニ因リ失勢ノ

兆候現ハレシト同時ニ退職スルヲ例トスベシ)

然レドモ執政政黨既ニ議院ニ失勢ノ兆ヲ現ハシ失信用ノ議決ヲ受ケント

欲スルニ臨ムトモ若シ廣ク國人ノ意想ヲ察シ其實ニ我ガ政黨ノ多數ノ属

望アルヲ洞識シ現在ノ國議員ハ誤撰ナリト認ムルトキハ聖主ノ允許ヲ蒙

リ聖主ニ特有シ玉フ議員解散ノ權ヲ以テ直チニ是レヲ解散シ其改撰議員

ニ於テ我政黨ノ多數ナランコトヲ望ムベシ若シ多數ナラバ内閣ヲ永続セ

ン若シ少數タランニハ則チ退職セザルベカラズ是ノ解散權ハ則各政黨ガ

最後ノ依頼卜云フモ可ナリ(是權ハ最モ濫用ヲ慎ムベシ濫用スレバ大害ヲ

醸ス英國ノ如キモ是例ハ両三回ニ過ギズ)以上政黨更迭ノ順序ハ大抵英國

ノ例ニ依ルモノナリ
 

第2 国民の人望をよくよく推し量って、政府の顕官を任用せらるべき事

 

君主が人物を任用して抜擢されるのは、国民の人望を推し量ってのことであるのは言うまでもありません。しかし、独裁の統治体制では、国民の人望をはっきりと示すための場がありませんので、人物の功績によるか、実行すべき課題によって、国民にとって最も期待してよいと、ご高察された人物を任用して、政治上の顧問の地位に就けられるのもやむをえないことであります。もし、ある政体において、国民の人望を表示させるような場があれば、その人望を推量して、人物を任用したほうがよいのは勿論のことであります。このようにするならば、人材の選抜は、適切な人を得て、皇室はますます尊いものとなります。

立憲政治において、国民の人望を表示する場は何でありましょうか。それは国会です。何を指して国民の人望と言うのでしょうか。それは、国会議員の過半数が望んでいるということです。人望のある人とは誰でしょうか。それは、国会議員の過半数を形成する政党の首領、その人であります。そもそも国会議員は、国民が選挙によって選ぶものであって、国民の思想を示すものでありますから、選挙された国会議員の希望は、すなわち、国民の望むところであります。国民の過半数が支持して敬愛する政党であって、その政党の領袖として敬慕する人物は、国民の人望の集まるところではないでしょうか。そうであるとすれば、国会は、立憲政体にとって、聖主が適切な人物を十分に考慮されることを容易になされる、好ましい場を生み出すものと言えましょう。これによって、聖主は、単独で熟慮選抜される苦労から解放されるだけではなく、国家に常に安寧と幸福をもたらすことを可能とするものであります。なぜならば、このようにして選抜任用された人物は、人民が参政する場である国会で過半数の議員を制しているわけでありますから、政府の外に対しては、立法部を左右するの権限を掌握しており、又、聖主の思し召しをもとに政府の首長となって、自党の人物を顕要の職に配置いたしますので、政府の内に対して、行政の実権をふるうことができるのです。これによって、政府の内外で矛盾なく、すべての政治が一つの源から発して、政治上の事務が始て整理されることになるのです。

政体が立憲政体であるのに、その国が安寧と幸福の状態になく、時には争乱の状態に至ることがあります。列国の治乱の過去を検討してみますと、これらの不幸をもたらす病源は、常に執政者がその地位に恋々として捨て難いと考えることと、君主が寵愛する顕官を罷免することができないので、立法部で多数を占める政党の首領と行政の顕官との間にいさかいを生じたことであります。有名な立憲国である英国でも、1782年以前は、上述のような状態にありました。しかしながら、長い年月の経験から、1782年以降は、君主も国民の人望を理解して顕官を選用し、国会の中で多数政党の首領である人々に重職を授与するに至りました。このとき以来、政府と国会の間でいさかいの形跡を見ることはできません。英国での政党の争は、常に国会で行われても、再び政府から国会に対してすることはなくなったのであります。

立憲政体が不思議にうまく作用する点は、その実質にあるのであって、その形式にあるのではありません。立法・行政・司法の三権が分立して、人民に参政権を与えるというのは、形式であります。国会で多数派を構成する政党の領袖である人物を用いて、彼を顕要の地位に就けて、政治全体の源を一つにするのは、実質であります。もし、形式をとって、実質を捨てるならば立憲政体は、無用の国家紛乱の原因をつくるだけであります。そういうことでありますので、前述した君主による人材登庸の際の責任からみても、一国の安寧幸福という政治的理由からみても、列国の紛争内乱の実例に照らしてみても、政府の顕官には、国会の多教政党の領袖である人物を任用せられるのがよいのです。

しかし、人智は移り変わるものでありますから、一度は国民の与望を得た政党であっても、その施政のうまい下手によって世論の支持を失って、国会での多数勢力が他の政党に移ることもあります。このような場合には、聖主は国民の希望を理解されて、新勢力を得た政党中の人物からあらためて顕官を選任するのが適切です。国会での政党の盛衰から生じたこのような顕官の更迭は、整然とした秩序で行われることが肝要です。内閣の新陳交代に際して必要な順序は左の通りです。

内閣を新しく組織するにあたって、聖主の御親裁により、国会で多数を占めたと判定された政党の首領を召し出され、内閣を形成されるべき旨を御委任しなければなりません。そのようなときは、この内命をいただいた首領は、所属政党中の重要な人物を顕要の諸官に配置する組閣計画をもち、その後、公然と勅命を奉じて内閣に入らなければなりません(内閣の形成を委任されるのは、通例、政党の首領が一番よいのですが、場合によっては、その政党の中で別の人に命じても結構です。ただし、このような場合であっても、行政の長には、政党の首領をあてなければなりません。英国でも時としてこのような例があります。)多数政党の善悪・良否を見分けられる時には、政党に関係のない皇族または三大臣に諮問されることがよいと思います。

内閣を形成する政党が国会で多数を失うときは、政府から提出した重大な議案は反対党に攻撃されて、国会ではほとんど廃案となることが予想されます。これは、内閣を構成する政党が勢を失っている兆候であります。このようなときは、政治全体が一つの源から出ること能はできないので、勢いを失った政党はこれを潮に退陣することを常例とします。
このように勢いを失った兆候がはっきりしているにもかかわらず、その政党が権力に恋々として行政部を去らない時には、信任の決議をするように動議を提出しなければなりません。この動議に従って、議決により不信任となったときは、国会は、聖主に対して、内閣が既に国会で信用を失ったので、速に親裁され、あらためて内閣を選任されるべき旨を請願しなければなりません。多数を失った政党が退職しないときは、聖主は、国会の要求に応じないときは、内閣を罷免しなければなりません(英国などの例にならって、勢いを失いつつある兆候が現われると同時に退職するのを常例としなければなりません)。

けれども、政権政党が、既に議院で勢力を失う兆候が現われ、不信任の議決を受けようと

望もうとしても、もし国民の世論を観察して、実際には自分の政党が多数の支持を集めているのを認識して、現在の国会議員が国民の意見と一致していないと判定するときは、聖主の許可を得て、聖主が持っておられる国会解散の権限を使用して、直ちに国会を解散し、改選された国会で自分の政党が多数派となることを希望すればいいのです。もし、多数派を維持するならば内閣を永続しよう。もし少数派になった場合には、内閣は退職しなければなりません。この解散権は、各政党が最後に依拠する手段と言ってもいいでしょう(この解散権は、最も乱用を慎まなければ、大害を生み出す。英国でも、この例はあわせて三回に過ぎません)。以上、政党の更迭の順序はほとんど英国の例に依っております。

 

【 第三 政黨官卜永久官ヲ分別スル事

前述スルガ如ク政黨ノ盛衰ヨリ顕官吏迭ヲ生ズルノ時ニ方リ其更迭ハ全

部ニ及ブベキヤ将タ幾分ニ止ルベキヤハ則チ重要ナル疑問ナリ凡ソ諸般

ノ事務ハ最モ習熟ヲ要ス加フルニ官衙ノ事ノ如キ其細瑣ノ條件ハ多ハ舊

法古例ニ参照スルガ故ニ最少ノ費額ヲ以テ淹滞ナク最多ノ事ヲ辨ゼント

欲スルニハ属僚下吏ノ永続勤務ヲ以テ最モ緊要ナリトス然ルニ是等ノ官

吏ヲシテ常ニ政黨卜更迭ヲ與ニセシメバ其不利益蓋シ言フ可ラザル者ア

ラン且幾萬ノ官吏其進退ヲ政黨ノ盛衰ニ緊ゲバ各派軋轢ノ勢轉暴激ヲ極

ムルニ至ラン故ニ官吏中ニ於テ其職指命ヲ司テ細務ヲ親報セザル者卜指

命ニ服事シテ細務ヲ親執スル者トヲ区別シ甲ヲ政黨官トシテ政黨卜共ニ

進退シ乙ヲ永久官則チ非改黨官トシテ終身勤続ノ者タラシムベシ又上等

官人ノ中ニ於テ其地位重職ニ在リト雖モ一國ノ治安公平ヲ保持スル為ニ

政黨ニ関与セシムベカラザル者有リ是等ヲバ中立永久官トナシ一種ノ終

身官トナスベシ(英國ノ例ニ由ル

政黨官ノ種類ヲ略記スレバ参議各省卿輔及諸局長侍講侍従長等是ナリ以

上ノ政黨官ハ大概議員トシテ上下院ニ列席スルヲ得ル者トス(大抵英國ノ

例ニ依ル)政黨官及非政黨官ノ別ハ憲法制定ノ時ニ於テ猶ホ評議ヲ要スル

ガ故ニ今唯大要ヲ掲グ(以下亦同ジ)永久官ノ種類ハ各官廳ノ長次局長ヲ除

テ以下ノ奏任官及属官等是ナリ是等ノ官人ハ議員タルヲ得ザル者トス(同

中立永久官ハ三大臣(政黨ニ関與セズ聖主ヲ輔佐シ奉リ内閣組立ノ為メ最

盛政黨ニ内勅ヲ下サルヽ等ニ於テ顧問ニ備リ公平ニ國益ヲ慮ラレンガ為

メ其非政黨官タラン事ヲ望ム且大臣ハ三位卜與ニ無人則闕ノ官ト定メラ

レテ可ナルベシ)及ビ軍官警視官法官是ナリ以上三種ノ職ハ皆國内ノ治安

公平ヲ保持スルニ在ルガ故ニ其公平中立ノ令德ヲ備ヘン事ヲ欲スベシ若

シ是等ノ官人ニシテ熱心政黨ニ関與セバ他黨ヲ壓スルガ為メニ或ハ兵力

或ハ裁判權ヲ用ヒ國内ノ治安ヲ妨ゲ或ハ其公平ヲ失シ社會ノ騒亂ヲ醸生

スルニ至ル是其中立不偏ヲ以テ命德卜看倣ス所以ナリ以上ノ官人モ亦議

員タルヲ許サザル者トス(同例

又永久官則チ非政黨官ニシテ政黨ニ干與スルノ迹アレバ其主張タル者之

ヲ退職セシメテ可ナリ何トナレバ政黨官タル主張トノ関繋ニ於テ公事ニ

不利ナル事多ケレバナリ(同例)】
 
 第3 政党官と永久官を分ける事

 

前述したように、政党の盛衰によって顕官の更迭が生じた場合に、全ての顕官を更迭すべきか、あるいは、一部の顕官の更迭に止めるべきかは、重要な問題であります。諸般のの事務は、担当者の習熟を必要とします。それに加えて、官庁のようなところでは、末端の瑣末な事務がほとんど旧法や古例を参照します。ですから、最少の費用で迅速に最多の事を処理しようと望むならば,属僚下吏の永続勤務が最も重要なこととなります。けれども、これらの官吏を常に国会の多数党の交代とともに更迭してしまうと、その不利益は言葉にできないほど甚大なものとなるでありましょう。しかも、何万もの官吏が、政党の盛衰と進退をともにするということになると、政党間の軋轢によるいさかいは、きわめて熾烈なものとなりましょう。ですから、官吏の中で、指揮命令を司って瑣末の事務にあずからない者と、指揮命令に服して瑣末の事務を執る者とを区別します。そして、前者を政党の運命にしたがって進退する政党官とし、後者を永久官すなわち非政党官として、終身勤続の者といたすのがよろしいでしょう。また、高級官吏のなかでその地位が重職にあったとしても、一国の治安と公平を保持する為に政党に関与してはならない者がございます。これらの者を中立の永久官として、一種の終身官とするのがよろしかろう(英国の例によります)。

 政党官の種類を略記すると、参議、各省卿、輔および諸局長、侍講、侍従長などが該当します。以上の政党官は、ほとんど議員として国会の上下いずれかの院に列席することができる者とします(ほとんど英国の例によります)。政党官と非政党官の区別は、憲法を制定する際に、さらに議論を要すると思われますので、今は大要だけを掲げるものです(以下も同じ)。永久官の種類は、各官廳の長次局長を除い

て、以下の奏任官および属官などです。これらの官吏は議員を兼職できない者といたします(同例)

 中立永久官は、三大臣(政党に関与しないで聖主を輔佐し奉り、組閣にあたって多数政党に内勅を下さるゝなどの際に顧問となられます。公平に国益を慮られんがために、非政党官であってほしいと望むものです。しかも、大臣は三位とあわせて、相応の地位の人がいなければ欠員の官と定められるのがよろしい)および軍人、警視官、法官である。以上の三種の職は、すべて国内の治安と公平を保持するために存在するので、その公平中立の徳性を身につけておられることが必要とされます。もし、これらの官吏などが熱心に政党に関与することになると、所属の政党以外の政党を抑圧するために、兵力や裁判権を用いて、国内の治安を妨げあるいはその公平を失し、社會の騒乱を醸成するに至るのではないでしょうか。このことが、その中立不偏を以て徳性とみなす理由であります。以上の官人もまた国会議員であることを許さない者とします(同例)。

また、永久官すなわち非政党官であるのに政党に干与する証拠があれば、その中心人物である者は、退職させることができます。なぜならば、政党官である中心人物とのかかわりにおいて、公務において不利となる事が多いからであります(同例)。

 

【 第四 宸裁ヲ以テ憲法ヲ制定セラルベキ事

法規已ニ立チ而シテ人之ニ依ルトキハ事輙ク定ル定規未ダ立タズシテ而

テ人先ヅ集ルトキハ事動テ定マラズ今ヤ無前ノ治體ヲ天下ニ施サレント

欲スルニ當リ其完成ニ緊要ナルハ社會康寧ノ秩序ナリ轡策一タビ絶ユル

トキハ六馬奔逸シテ秩序容易ニ収復スベカラズ故ニ先ヅ宸裁ヲ以テ憲法

ヲ制定セラレ是ニ依而以テ國議員ヲ招集セラレン事ヲ欲ス右憲法ノ制定

ニ付テハ内閣ニ於テ委員ヲ定メラレ速ニ着手セラレンコトヲ糞望ス

憲法ノ制定ハ重要ナル條件ニシテ就中上院ノ組織下議員ノ撰挙權被撰挙

權等ニ至ッテハ最深密ノ用意ヲ要ス是等ノ諸件ハ憲法制定ノ日ニ上陳ス

ベキガ故ニ今是處ニ贅言セズ

前述スルガ如ク立憲治體ノ妙用ハ多ク其實ニ存スルガ故ニ憲法ハ極メテ

簡短ニシテ大綱ニ止マラン事ヲ要ス叉憲法ハ二様ノ性質ヲ具備センコト

ヲ要ス二様トハ何ゾ其第一種ハ治國政權ノ歸スル處ヲ明ニスル者ナリ其

第二種ハ人民各自ノ人權ヲ明ニスル者ナリ政義ノ政行ハレテ而シテ人權

ヲ堅固ニスルノ憲章ニアラズンバ其間言フ可カラザルノ弊害アラン是レ

則チ人權ヲ詳明スルノ憲章ヲ憲法ニ添付セント欲スル所以ナリ
 
 第4 宸裁によって憲法を制定しなければならないという事

 

法規が既に制定されて、人々がこれらの法規に依存して生活するときは、物事は簡単におさまります。法規がまだ制定されていないときは、人々が集って相談しても規準がないので定まりません。今やこれまでにない統治体制を天下に施されようと望まれるにあたって、体制の完成にとって最も重要であるのは、社會の安寧の秩序であります。轡策(馬をつなぐ綱)がなくなるとすぐに馬が逃走するように、秩序は容易に収復することができません。ですから、まず、宸裁(聖主の裁決)によって憲法を制定せられ、これによって国会議員を招集されることを望みます。この憲法の制定については、内閣で委員を定められまして速に着手せられんことを冀います。

憲法の制定は重要なる條件でありまして、そのなかでも上院の組織と下議員の選挙権被選挙権等に至っては最も機密を要します。

これらの諸件は憲法制定の日に上陳したほうがよいので今ここで多くを述べますまい。

前述しましたように、立憲政体が不思議にうまく作用することは、多くの場合、その実際の運用にありますので、憲法は極めて簡短なものにして、大綱だけを定めるようにすることが必要です。また、憲法は二様の性質を具備しなければなりません。

二様とは何でしょうか。第一は、国を統治する政権の帰するところを明にするものです。第二は、人民各自の人権を明にするものであります。道理にかなった政治が行われて、それによって人権をしっかりしたものにする憲章でなければ、言葉で言えない弊害があるでしょう。これが人権を詳明する憲章を憲法に添付しようと望む理由です。

 

【 第五 明治十五年末ニ議員ヲ撰擧セシメ十六年首ヲ以テ

國議院ヲ開カルベキ事

立憲政治ノ眞體ハ政黨ノ政タルガ故ニ立法行制ノ両部ヲ一體タラシメ庶

政一源ニ歸スルノ好結果ヲ得ルニ至ルハ已ニ前述スル所ナリ之ヲ畢竟ス

ルニ立憲ノ政ハ社會ノ秩序ヲ紊ラズシテ國民ノ思想ヲ平穏ニ表示セシム

ルニ在リ然ルニ全國内政黨無キノ時ニ於テ卒然國議院ヲ開放セバ假令一

朝幾多ノ政黨ヲ生出スベキモ其根本堅固ナラズ一般人民モ亦何レノ政黨

ハ如何ナル主義ナルヤ知ル能ハズシテ政黨ノ勢威頻々浮沈スルコト多カ

ラン果シテ然ラバ其混亂紛擾ノ惨憺ヲ政治上ニ現出シ夫ノ社會ノ秩序ヲ

保持スルノ治具ニ依テ却テ之ヲ紊亂スルノ恐アリ戒愼セザルベケンヤ政

黨ノ峙立セザルハ蓋シ之ヲ生ズル地所ナケレバナリ然レドモ立憲ノ治體

ヲ定メラルヽヲ公示セバ政黨ノ萌芽ヲ発生スルコト應ニ速ナルベシ斯シ

テ一歳若クハ一歳半ノ年月ヲ経過スルヲ許サバ各政黨ノ持説大ニ世間ニ

現レ國人モ亦甲乙彼此ノ得失ヲ判定シテ各自ニ其流派ヲ立ツルニ至ラン

是ノ時ニ於テ議員ヲ撰擧シ議院ヲ開立セバ能ク政令ノ秩序ヲ保持シテ立

憲治體ノ眞利ヲ収メ得ベシ故ニ議員開立ノ布告ハ太タ速カナラン事ヲ要

ス開立ノ時期ハ卒然急遽ナルベカラズ是等ノ事理ニ因テ考案スレバ本年

ヲ以テ憲法ヲ制定セラレ十五年首若シクハ本年末ニ於テ之ヲ公布シ十五

年末ニ議員ヲ召集シ十六年首ヲ以テ始メテ開立ノ期卜定メラレンコトヲ

冀望ス斯ノ如クンバ以テ大過ナカルベキヲ信ズルナリ
 
 第5 明治十五年末に議員を選擧せしめ十六年首を以て国議院を開かるべき事

 

 立憲政治の真の実体は政党の政(まつりごと)であるので、立法と行政の両部を一体たらしめて政治全般の源を一元化するというよい結果が生まれるのはすでに前述したところです。要するに、立憲の政は社會の秩序を乱すことなく、国民の思想を平穏に表示させるところにあります。しかしながら、全国に政党がない時に、突然国会を開放すると、たとえ一夜づけで幾多の政党を生まれ出したとしても、その根本は堅固とはなりません。一般人民もまたどのような政党がどのような主義であるのかを知ることができないままに、多くの政党が生まれたり消滅したりすることが多いでしょう。そういうことであるならば、その混乱と紛擾の惨憺たる状況を政治上に現出することになり、社會の秩序を保持するための統治の道具によって、かえって社会を紊乱するの恐があります。よく注意して、戒めなければならない。政党がそびえ立つことがないのは、まさに政党を生み出す場がないからなのです。しかしながら、立憲の統治体制を定められることを公示しますならば、政党の萌芽を発生させることは本当に速いこととなるでしょう。こうして、1年もしくは1年半の年月の経過を待つならば、各政党の主張が大に世間に現れるようになり、国民もまた、あの考えこの思想の長所と短所を判定して各々が自分の流派を立てることになるでしょう。この時に、議員を選擧して国会を開設するならば、うまく政令の秩序を保持して、立憲統治体制の本当の効用を収めることができるでしょう。ですから、国会開設の布告は、極めて急速を要します。国会開設の時期は、突然急にというものではありません。これらの事情を念頭において考案しますと、まず本年を以て憲法を制定せられたい。十五年の初め、または本年末に憲法を公布し、十五年末に議員を召集して、十六年の年初に始めて国会開設の期と定められますことを冀います。このようにするならば、大きな間違いはないのではないかと信じております。

 

【 第六 施政ノ主義ヲ定メラルベキ事

凡ソ政黨ハ幾多ノ源因ヨリ成立ス卜雖モ亦専ラ施政主義ノ大體ヲ同クス

ルヲ以テ相結集スル者ナリ而テ政黨ノ盛衰ヲ致ス所以ノ者ハ則チ其施政

主義ガ人心ヲ得ルト否ヤトニアリ叉各政黨ガ互ニ人心ヲ得ンコトヲ望ミ

相攻撃スル所ノ點モ亦各自ノ主張スル施政主義二在リ故ニ政黨ノ爭ハ則

チ施政ノ爭ニシテ其勝敗ハ則チ施政主義ノ勝敗ナリ前述スルガ如ク立憲

ノ治體定立セラレ國人ノ輿望ヲ察シテ政府ノ顕官ヲ任用セラルヽニ至ル

トキハ則チ政黨成立セザルベカラズ政黨ヲ成立セント欲スルトキハ則チ

其持張スル施政ノ主義ヲ定メザルベカラズ故ニ現内閣ヲシテ一流ノ政黨

ヲ形ル者タラシメント欲セバ其成立ニ最緊要タルハ則チ施政ノ主義ヲ定

ムルノ一事ナリ然ルガ故ニ國議院設立ノ年月ヲ公布セラルヽノ後ニ於テ

直ニ現在内閣ノ施政主義ヲ定メラレン事ヲ切望ス施政主義ニ就テハ重信

所見ノ在ルアリ他日別ニ之ヲ具陳スベシ
 
  第6 施政の主義を定めらるべき事

 

大体、政党の成立には幾多の原因があります。けれどもまた専ら政策・主義の大体を同じくする者が、結集するのが政党です。

そうして、政党の盛衰を決定するものは、その政党の政策が人心を得るのかどうかということにあります。また、各政党が互に人心を得ようとして、相手を攻撃するのも、また各自の主張する政策によってであります。ですから、政党の争は、政策の争でありまして、勝敗は政策の勝敗なのであります。前に申しましたように、立憲の統治体制を定立せられて、国民の希望を理解して、政府の顕官を任用せらるゝようになるときは、政党が成立するようにしなければなりません。政党を成立しようと望むときは、その保持して主張する政策を定めなければなりません。それ故に、現内閣が、一流の政党を形成しようと望むならば、政党の成立に最も重要であるのは政策を定めることという一事だけであります。そうでありますから、国会設立の年月を公布せられた後で、直に現在の内閣の政策・主義を定められます事を切望いたします。この政策について、重信は自分の見解をもっておりますから、他日別にこれを具陳いたしましょう。

 

【      第七 總 論

立憲ノ政ハ政黨ノ政ナリ政黨ノ爭ハ主義ノ爭ナリ故ニ其主義過半數ノ保

持スル所ト為レバ其政黨政柄ヲ得ベク之ニ反スレバ政柄ヲ失フベシ是レ

即チ立憲ノ眞政ニシテ又眞利ノ在ル所也若シ其形體ニ則リテ而テ其眞精

ヲ捨テバ獨リ國土ノ不幸ノミナラス蓋シ又執政者ノ禍患ナリ啻ニ執政者

黨時ノ禍患ナルノミナラズ其戀權ノ汚名ヲ後世ニ遺傳スルニ至ラン

假令純潔清白ノ心事ヲ以テ政ヲ天下ニ行フモ尚ホ或ハ戀權自利ノ心アル

ヲ疑ハルヽハ是レ執政者ノ病患也然ルニ今ヤ立憲ノ政ヲ施サントスルノ

時ニ當リ立憲國現行ノ通則ニ反シ其眞利ヲ拾テヽ而テ却テ戀權ノ痕ヲ現

サバ執政者ニシテ焉ゾ國人ノ為ニ厭忌セラレザルヲ得ンヤ況ンヤ其戀權

ハ却テ速カニ失權ノ種タルヲヤ

然リト雖モ權勢ヲ棄却スルハ古ヨリ人情ノ難ズル所ニシテ惟國家ヲ利ス

ルニ熱渇スル者獨リ能ク之ヲナス政府ニ強大ノ威力ヲ蓄スル今日ノ執政

者ニシテ勢威ニ眷戀セズ立憲政治ノ眞體ヲ固定セバ其德ヲ後昆ニ表示ス

ルニ足ラン又假令社會ノ毀誉ニ関セザルモ亦自ラ顧テ以テ中心ニ快然タ

ルヲ得ン

世人常ニ曰フ邦國ノ治亂ハ多ク政治ノ慣習ニ生ズト果シテ然ラバ社會ノ

秩序ヲ紊サズシテ静穏ナル政黨更迭ノ新例ヲ定立シ政治上ニ於テ國人ニ

康寧ヲ慶享セシムルノ端緒ヲ啓カンコト是豈ニ今日ノ執政者ガ應為ノ急

務ニアラズヤ右謹デ議ス
 
      第七 総 論

 

 立憲の政は政党の政であります。政党の争は主義の争であります。ですから、その主義が過半数の支持する所となりますならば、その政党は政権をえることができます。これに反しますと、政権を失います。これがすなわち、立憲の眞実の政であります。また、真理のあるところであります。もしその形だけをつくって、真実の精神を捨ててしまいますと、国家の不幸であるだけでなく、また、執政者の禍いとなりましょう。執政者の禍いであるだけでなく、いかに権力に恋々としていたかという汚名を後世に残すことになってしまうでしょう。どのように純情潔白なる心積もりでもって政を天下に行うことも、あるいは、権力に恋々として自己中心の利益を求めようとする心をもっているのではないかと疑われるのは、執政者の病弊であります。

しかしながら、今や立憲の政を施そうとしているその時にあたり、立憲国が一般的に行なっている通則に反して、その真理を捨てて、むしろ権力に恋々とする痕を示すならば、執政者は国民に忌み嫌われてしまうでしょう。

まして、権力に恋々としていることは、かえって急速に権力を失う原因となりましょう。

そうはいっても、権勢を捨て去ることは、昔から人情として難しいことであって、国家に利益を与えようとすることを渇望する者だけが、このことができるのです。

政府に強大の威力を蓄えている今日の執政者が、勢威に恋々としないならば、立憲政治の真の実体を固定せばその徳を後世に表示することができるでしょう。たとえ、社會の毀誉に関係しないとしても、自ら顧て、心からうれしいのではないでしょうか。

世人常に曰ふ。邦国の治乱は多く政治の慣習から生じますと。もしそうであるならば、社会の秩序を混乱させずに、静穏なる政党更迭の新例を定立し、政治上に於て国人に安寧を享有せしむるのきっかけをつくることは、今日の執政者がまさになすべき急務ではないでしょうか。以上謹んで、意見を申し述べるものであります。
 

【備考】是より先、明治天皇衆参議に命じ、立憲政治に関する意見を録上せしむ

衆参議多くこれを上るも、重信未だ上らず、天皇左大臣熾仁親王に勅し

てこれを促さしめたまふ、重信答て曰く、臣は衆参議を御前に召させら

るゝの時に於て、親しく意見を上言せんと欲す、文書は啻に意を尽さゞ

るのみならず、或は外に漏泄する恐ありと、親王これを奏す、天皇聽した

まはず、重信遂に意見を録し、親王に由りて上る、重信請て曰く、殿下これ

を奏覽せざるの前に於て、大臣参議等に示すなかれと、親王これ諾す

この書即ちこれにして、世に大隈参議の密奏書として傳はるものなり

密奏の名固より當らず、後熾仁親王これを三條岩倉に示し、続いて伊藤

    博文に傳はる、博文重信の巳に諮らずして、秘かに急進意見か奏せしを

怒り、その官を辞せんとす、熾仁親王、三條、岩倉等憂慮措かず、百方博文を

    慰撫し、重信との和解に力む、博文意漸く解く、次にこれ等関係文書を掲

 

【備考】これより前に、明治天皇が参議たちに命じて、立憲政治に関する意見を提出させた。参議の多くが意見を提出したが、大隈重信だけは未だに提出しなかった。天皇は、左大臣熾仁親王に勅して、これを促されました。大隈重信はこれに答て次のように言いました。臣は、参議を御前に召させられる時に、自ら直接に意見を述べたいと思います。文書では十分に意を尽すことができないだけでなく、外部に漏泄する恐がありますと。親王は、大隈の言明を天皇に上奏しました。天皇はこれを許されませんでした。そこで、重信は遂に意見を録して、親王を経由して提出しました。その際、重信は次のようなお願いをしました。殿下が、この私の意見書を奏覽しない前に、大臣や参議らに示さないようにしてください、と。親王はこれを承諾されました。この書が即ちこれにして、世に大隈参議の密奏書として傳はるものであります。密奏の名はふさわしいものではありません。その後、熾仁親王はこれを三條と岩倉に示し、続いて伊藤博文に伝わりました。博文は、重信が自分に諮らずして、秘かに急進意見を奏せしを怒り、官職を辞職しようとしました。熾仁親王、三條、岩倉等は憂慮して、あらゆる手立てを尽くして、博文をなだめ、重信との和解に努力しました。博文は意を漸く解きました。次にこれ等の関係文書を掲げます。

 

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