法制史とは何ですか?

(大雑把な話ですが)

 

1 法の歴史

一言で言うと、法制史とは法の歴史です。法の歴史を研究する学問の名称でもあります。

 

2 3つの側面

 法の歴史には、3つの側面があります。

①法の誕生(立法の歴史)。ある一つの法がどのようにして成立したのか。

②法の活動(運用の歴史)。成立した法が社会のなかでどのように運用されたのか。人々の生活にどのような影響を与えたのか。

③法の死滅。ある法がどのようにして消滅あるいは廃止されたのか。

 

3 時代による区分

 国や地域によって異なりますが、日本の時代区分は大体が以下のようになっていて、時代によって法のあり方が異なります。

・原始古代(新石器時代から平安時代末期まで)

・中世(鎌倉時代から戦国時代まで)

・近世(織豊政権・徳川幕府の成立から幕末まで)

・近代(明治維新から第二次世界大戦まで)

・現代(第二次世界大戦以降今日まで)

 

4 地域的な区分

 地域による区分は、法制史の研究者の間では日本・東洋・西洋としています。しかし、例えばヨーロッパが時代によって、ローマ帝国の時代、ゲルマン民族の諸国の時代、ビザンチン帝国、絶対主義の時代などなどによって地域的範囲がふくらんだり縮小したりします。一様に決め付けることができないのです。

 たとえば、イエス・キリストが生誕した年には、イタリアという国家は存在しませんし、イタリア法というものも存在しません。イタリア半島はローマ帝国の版図であって、そこにはローマ法が存在していました。中世のイタリア半島には、北部の都市国家群(フィレンツェ、ヴェネツィア、ミラノ、ジェノヴァなど)、中部のローマ教皇領、南部の王国(ナポリとシチリア)などがあって、各々がローマ法に由来する法と独自の法(教皇領では教会法)をもっていました。イタリアが近代的な統一国家となるのは1861年のことでありました。ここにおいて初めてイタリア法という概念が成立しました。この例のように地域的な法の分類を行おうとする場合には、なかなか難しい問題が存在することを念頭に置いておくことが必要です。

 

5 日本近代法制史とは何ですか

 

(1)日本近代法制史とは

 主として明治時代の日本の法を対象とする学問です。時期的には第2次世界大戦までが射程に入っています。

 

(2)もう少し具体的に言いますと

①明治時代の法律や法の規定がどのようにして、どのような背景のもとに、どのような価値観に基づいて、どのような人々によって作られたのか。

②そのようにして作られた明治の法律や法の規定がどのように運用され人々に影響を与え、どのような問題を社会に提起したか。

③明治の法律や法の規定がどのようにして歴史の舞台から消え去っていったのかを調べる学問と言えましょう。

 

(3)日本近代法制史の概要

 明治維新以来、日本では、古代から続いてきた律令的な東洋的法制度をやめて、フランス・ドイツ・イギリス・アメリカなどの西洋諸国の法制度を導入しようとしました。外国の法制度を導入して自国の法文化のなかに同化させることを専門的には「法の継受」といいますが、まさに、この「法の継受」が明治の日本で行われたのであります。この過程で、憲法(大日本帝国憲法)・民法・刑法などの基本的な法典が作られました(法典編纂)。日本近代法制史とは、このような「法の継受」の過程全体を検討の重要な対象としています。

 

 (4)法学部の学生諸君にとっては

このような学問を学ぶことが現実社会の用に直接役立つのか、と問われますと「ない」という答えしかありません。およそ学問が現実社会の実践または現世的な利益と直接的にかかわるということはありません。ただ、学問分野によって、現実社会との遠い近いということはあります。法学のなかで、近いのは法解釈学でありましょう。これに比べて、法制史は遠いのです。しかし、ある法律の規定の意味を確定するためには、規定に書き込まれている言葉の意味を解釈するだけでは不十分なのです。その規定が生み出された歴史を理解することによってはじめて完全な法の理解に到達することができるのです。すなわち、法制史は、法解釈や立法にとっての基礎的といえる歴史的な知識を提供することによって、現実社会とつながっているのです。

もう一つ重要なことは、法の世界には、歴史的にみて連続と断続の側面があります。過去と現在は完全に無縁な世界ではありません。完全に断続しているわけではないのです。過去が今も残っている面があります。現在は過去を土台として成立しています。法の世界も同じです。


現在準備中です。